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広島高等裁判所 昭和25年(う)733号 判決

控訴人 被告人 砂田岩雄 砂田福三

弁護人 吾野金一郎 渡部利佐久

検察官 津秋午郎関与

主文

被告人砂田岩雄の控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は全部被告人砂田岩雄の負担とする。

原判決中被告人砂田福三に関する部分を破棄し、本件を広島地方裁判所に差し戻す。

理由

被告人砂田岩雄の弁護人吾野金一郎、被告人砂田福三の弁護人渡部利佐久の控訴の趣意は末尾添附の各控訴趣意書記載のとおりである。

被告人岩雄の弁護人吾野金一郎の控訴の趣意第一点について。

所論は、原判示第二の強盗殺人の事実につき、被害者呉永祚の死体は、いかなる段階においても取り調べられた形跡がないから、これを取り調べることなくして、右事実を認定したのは、審理不尽であり、その結果原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認があるというに帰着する。なるほど本件のような強盗殺人の事実においてその殺人被害事実の証拠として死体を取り調べるということは、最も望ましいこと敢て多言を要しないところであるけれども、そは事実上又は法律上可能であることを前提として立論せられるところである。そして本件においてはその死体の存在を立証することが事実上不可能であるからこれを取り調べないことをもつて、審理不尽というはあたらない。又原判示証拠によれば、犯行の場所は福吉丸で大分県東国東郡伊美村から山口県能毛県室津村に航行中姫島村沖合であり、犯行の方法は被害者呉永祚の頭部を又木(昭和二十五年原審領第五十六号の第五号)で、三回強打して、昏倒させ、これを海中に落したのであり、被告人岩雄は右被害者の海中に没するのを確認し(同人に対する司法警察員作成第一回供述調書)、被告人福三は右被害者の突き落された海上附近をその乗船で一廻転したが、その姿を見なかつたのであり(原審第一回公判調書)、その後右被害者の消息を断つたというのであるから、これをもつて右被害者を溺死させたと認定しても何等経験則に反するところもないから、原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認はないといわなければならない。

論旨は理由がない。

同上第二点、第三点について。

しかし、刑事訴訟法第三百十二条第一項によれば、公訴事実の同一性を害しない限度において起訴状に記載された訴因の追加、撤回又は変更が許されるのであり、公訴事実の同一性とは、犯罪の基本的事実関係即ち、犯罪の日時、場所、方法、被害法益等において一個の事実として認めうる範囲をいうものと解すべきであるから、本件のように、共同正犯として起訴に係る事実を、予備的訴因として単独犯行と追加しても単にその犯罪の方法の一部を異にするに過ぎずその相違は事実の同一性を害することはないというべく、従つて共同正犯として起訴に係る事実に、単独犯行として訴因を予備的に追加するも法令に違反するところはないといわなければならない。そして相被告人に対する訴因の変更、追加が許されないからといつても被告人に対する訴因の変更、追加が適法である限り許容せられること当然である。論旨第二点は理由がない。所論第三点において主張するところはこれと反対の見解において立論するものであつて採用の限りでない。

同上第四点について。

訴訟関係人の公判廷における供述又は供述調書の記載中の一部を採つてもつて証拠とする場合において、それを特定して記載することが、どの部分を証拠としたかを明らかにする上に役立つことは、いうをまたないところであるけれども、現行訴訟法がこれを要求しているという所論はあたらない。けだし、有罪判決には罪となるべき事実、証拠の標目、法令の適用が記載されているのであるから(刑事訴訟法第三百三十五条第一項)、その判文を通じて諒知することができるからである。いま本件について見ても「被告人岩雄の当公廷の供述の一部」とあるのは、「被告人岩雄の当公廷における供述中判示認定事実と牴触しない部分」という趣旨に解せられる。所論供述調書についても同様である。それ故これをもつて原判決には理由不備の違法があるとはいえない。論旨は理由がない。

被告人福三の弁護人渡辺利左久の控訴の趣意第二点について。

被告人福三に対する公訴事実は、窃盗、強盗殺人として原裁判所に起訴せられ、次いで右強盗殺人の事実につき賍物収受の事実が予備的訴因として追加せられ、原裁判所はこれを容れて、同被告人に対しては強盗殺人の事実につき判示することなく、賍物収受の事実を認定判示したこと所論のとおりである。論旨は右強盗殺人の事実と賍物収受の事実との間に事実の同一性を欠くと主張するので、案ずるに、公訴事実の同一性とは、犯罪の基本的事実関係即ち、犯罪の日時、場所、方法、被害法益等において、一個の事実として認めうる範囲をいい、必ずしも厳格にすべてが同一でなければならないというものでないこと、被告人福三の弁護人の控訴の趣意につき説明したとおりであるが、いま本件において強盗殺人の事実と賍物収受の事実とについて見るに犯罪の日時、場所において必ずしも大差ありとはいえないにしても、賍物罪は事後従犯といわれているように強盗殺人の犯行後に行われるのであるから、その日時、場所は自ら異るものというべく、また犯罪の方法、被害法益の全然相違すること多言を要しないから、その間には公訴事実の同一性を欠くものといわなければならない。

従つて本件のように検察官が強盗殺人の事実に、予備的に賍物収受の訴因を追加しても、右訴因の追加は許さるべきでないから、原裁判所は固よりこれに拘ることなく、強盗殺人の事実につき審判しなければならないのに拘らず、これにつき判断しなかつたのは、審判の請求を受けた事件について判決をしない場合にあたるものといわざるをえない。論旨は理由があり、同被告人については他の論旨につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。以上説明のとおり被告人砂田岩雄の控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三百九十六条に則つて、これを棄却し、当審の訴訟費用は同法第百八十一条により全部被告人の負担とし、被告人砂田福三の控訴は理由があるから、同法第三百九十七条第三百七十八条第三号第四百条本文に則り、原判決中、同被告人に関する部分を破棄し、本件を広島地方裁判所に差し戻すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 小山慶作 判事 和田邦康 判事 小竹正)

弁護人吾野金一郎控訴趣意

第一点審理不尽並事実誤認 原判決は被告人が被害者を溺死せしめて殺害した旨認定したが仮りに被害者が死亡したとするもその死体を取り調べない限り死因は全く不明で之を確定するを得ないのに死体を取調べず直ちに溺死と認定したのは審理を尽さずして妄断したと言うの外はない。殊に鑑定人竹下新は又木で殴打するも死亡するに至らない旨鑑定して居り(記録四四一丁裏参照)該鑑定に拠れば被害者が海中に陷りたる際依然生存して居たものと断定するの外なく、生存して居たとすればその後如何なる事情に依り生命を保全して居るやも測られない。単に自宅や朝鮮の近親者の許に姿を見せぬとか行衛不明であるとかその他記録に表われて居る程度の事情よりして直ちに溺死と認定するは適正でない。然るに原判決が溺死と認定したのは審理不尽且事実誤認と言わねばならぬ(前掲の外本件記録参照)。

第二点刑事訴訟法第三百七十九条の法令違反 検察官は本件を被告人と原審相被告人砂田福三との共同正犯として起訴したが(起訴状参照)後、被告人の単独犯行に訴因を変更する旨の請求をした(記録四二六丁参照)。然し右福三に対する訴因撤回は公訴事実の同一性を害する為め許されないものであつて検察官は須く公訴取消の挙に出ずべきである。従て該請求は之を不適法として却下さるべきものであるに拘らず原審が之を許容し審理したのは明かに違法であり、その儘判決を為さば遂に全責任を被告人のみに負担せしめる結果となり被告人に対する判決に影響を及ぼすは明かである。依て右法令違反は到底破棄を免れぬ。

第三点審判の請求を受けた事件に付判決遺脱 前示第二点掲記の如く訴因変更は違法でその効力なく又右福三に対し公訴の取消もないから当然起訴状に記載ある共同正犯としての公訴事実全部に付判断し 右福三に対し強盗殺人の証明なきときは無罪を言渡すべきに拘らず判決上共同正犯なりや否やを判断せず 直ちに被告人の単独犯行と認定したのは被告人に対する関係に於ても審判の請求を受けた事件に付判決をしない違法があると言うべきである。

第四点理由不備 原判決はその理由中証拠の標目として単に「被告人岩雄の当公廷の供述の一部」及「被告人岩雄の……供述調書の記載の各一部」を引用しその一部が如何なる部分か特定して居ない、然し証拠書類又は証拠物の内容の一部が証拠となるときはその一部が特定出来る程度に判示しなければならない。彼の旧法の下に於けるが如き説明は要しないが現行法に於ても一部が如何なる部分なりや特定出来ない判示まで之を是認するものと解することは出来ない。従つて原判決は此の点に於て理由不備の違法がある。

弁護人渡部利佐久控訴趣意

第二点原判決は審判の請求を受けた事件について判決をせない違法があるから破棄を免かれない。

第一、検察官は原裁判所に対し昭和二十五年三月十六日附の起訴状によつて被告人に対する公訴事実として相被告人砂田岩雄との共謀による強盗殺人の事実について審判の請求(起訴状の公訴事実第二参照)をなし、次で同年八月二日附の請求書と題する書面によつて被告人に対し別に賍物収受の事実について審判の請求(同請求第四参照)をしたこと並に右後者の賍物収受の事実の審判の請求は、前者の強盗殺人の事実の審判の請求と予備的になされたものであること及び検察官が原審第一回(同年四月二十四日)第六回(同年八月八日)の公判期日にそれぞれ前記起訴状並に請求書が朗読されたことは本件訴訟記録上明らかである。

第二、さて刑事訴訟法第二百五十六条第五項は「数個の訴因及び罰条は予備的に又は択一的にこれを記載することができる」と規定している。訴因とは何か、或は又訴因と公訴事実とはどんな関係にあるのか等の究明はともかくとして刑事訴訟法が予備的に(例へば窃盗罪であるが若し窃盗罪でないとすれば遺失物横領罪)又は択一的(窃盗罪か遺失物横領罪のどちらか)に数個の訴因を記載することを許している趣旨から考えるならば、その数個の訴因は社会的事実としての犯罪事実の同一性を害さない範囲内において(滝川博士外三名共編、新刑事訴訟法解説二六二頁参照)可能であることは判決の既判力の関係から論をまたない。然るに本件について検察官が予備的になされた叙上二つの訴因は一は強盗殺人の事実であり他は賍物収受の事実であつて両者の間に同一性のないことはこれ亦論をまたないところである。従つてかような予備的な審判の請求はこれを許さないものというべきでただ併合罪として右一つの事実につき審判の請求があつたものと解するの他はない。もしそうだとするならば原裁判所は右二つの事実につき審理判決をせねばならないことも亦当然である。

第三、然るに原判決は被告人に対し賍物収受の点についてはこれを有罪と認定したが強盗殺人の点について判決をしていないことは原判決書記載の通りである。従つて原判決は審判の請求を受けた事件について判決をせない違法があり破棄を免かれないものと信ずる。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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